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手作り万年筆 笑暮屋 鏡花


愛用文房具紹介第1弾は、私が毎日欠かさず使っているメインの万年筆です。東京は荒川区にある「笑暮屋(えぼや)」より発売されている鏡花というモデルになります。こちらは今ではあまり見かけることがなくなったエボナイトを用いた万年筆で、しっとりとした肌ざわりが特徴的な一級品です。

笑暮屋 鏡花
実店舗にて購入してから半年ほど経過しましたので、使用感も併せてレビューしようかと思います。一般に有名なブランドではありませんが文房具界では人気を博している笑暮屋。3代にわたって受け継がれてきた家族経営の工場で作られる万年筆からは、他にはない下町ならではの暖かみが感じられました。

エボナイトについて

エボナイトというのは簡単に言うとゴムと硫黄を混ぜて加熱することで作られる合成樹脂(プラスチック)のことです。いまから180年前に発明されたエボナイトですが、その黒く艶のある外観が黒檀(エボニー)に似ていることからエボナイトと名付けられたとされています。

金属のように堅牢で経年変化も少ないうえ、耐水性・耐油性・耐薬品性をも兼ね備えた優れものです。ただその堅さゆえに加工が非常に難しく製造コストも高いことが難点で、時代とともに台頭してきた新たな合成樹脂に取って代わられ、エボナイトが使われる場面はめっきり減ってしまいました。万年筆に関しても昔はエボナイト製が主流だったのですが今ではあまり見られません。

結果として現在国内でエボナイト製造を行っているのは日興エボナイトのみで、世界を見ても数えるほどしかないという状況にまでなっています。ただやはり愛好家というものはどこの世界にもいるもので、もはや趣味の文具とまで言われるようになってしまった万年筆においてもエボナイト軸は衰えない人気を誇っています。他にはないエボナイト独特の質感に魅せられてしまった人が数知れないのです。

笑暮屋とは

そんなエボナイトの製造・加工を国内で唯一行っている株式会社日興エボナイト製造所、そこが自社ブランドとして様々なタイプの万年筆やボールペンを展開しているのが笑暮屋です。パーツ製造会社が本業の傍らペン類の製作販売も行っているといった具合です。

笑暮屋の店舗はその製造所に隣接する形となっており、こじんまりとしていて落ち着いた雰囲気の店内でゆっくりと試筆・モデル選びが可能です。私が出向いた際には社長夫人が接客してくださったのですが、初めにちょこっとだけ各モデルの説明をしてくれた後はこちらから声をかけない限り放っておいてくれたので、「店員に必要以上に話しかけられるのが煩わしい」「一人でじっくり選びたい」という方も安心かもしれません。

万年筆ブランドとしては知名度があまり高くないためか、1時間近くお店にいたにも関わらず私以外のお客さんは1組だけでした。お店の雰囲気も相まって気を遣うことなく時間をかけて選べるという点では非常にいいことなのかもしれませんが、笑暮屋さんを気に入っている身としてはもっと人気が出てほしいなと思ってしまいます。万年筆好きにはぜひとも一度行っていただきたいところです。

ペンの種類が豊富

エボナイトの製造から始まり削り出し・磨き上げを手作業で行うことでペン1本1本を丁寧に仕上げているわけですが、そんな笑暮屋の作るペンで注目すべきはそのバリエーションでしょう。

ボールペンに関しては1モデルのみの8色展開ですが、万年筆にいたっては7モデルそれぞれが8色(一部2色)3サイズ(一部2サイズ)と展開されており、すべて合わせると100タイプを優に超えます。長く付き合っていく万年筆ですので、好みとともに使い勝手も考えて形状、色、サイズの組み合わせを選べるというのはありがたいことです。

もともとエボナイトは黒もしくは茶色の物質なのですが、笑暮屋では着色したエボナイトを用いることでおしゃれなデザインに仕上げています。赤や青、黄、緑といった色付きのエボナイトを本来の色である黒のエボナイトと混ぜて成型することでマーブル模様に仕上げており、2つとして同じ模様は存在しません。世界に一つだけのペン。いい響きだとは思いませんか。

胴軸には "Eboya MADE IN TOKYO" の刻印
一時期は万年筆はカートリッジ式とインク止め式の2タイプから選ぶことができたのですが、現在ではインク止め式万年筆の製造を中止しており再開のめどは立っていない状況です。インク止め式というのもこれまた現在ではほとんど見かけることのないインクの吸引方式で、「インク止め式の万年筆が欲しい」というユーザーからの信頼も厚かっただけに少し残念です。

昨年お店へ行った際にご夫人に尋ねたところ
「完全にやめてしまうわけではなく、少しの間生産を中止している」
とのことでしたので、またそのうち作られるようになるのではないかと思います。理由もおっしゃっていたのですがすっかりわすれてしまったので問い合わせを行いました。返事があったら追記しようかと思います。

気になるお値段はモデルとサイズによってまちまちですが、安いものだと3万円台前半から、高くても5万円ちょっとという感じです。「いい万年筆」の中ではそこまで高いわけでもなく比較的手を出しやすい価格かと思います。大量生産品でないということを考慮すればむしろ良心的ではないかとすら思えるお値段です。

イベントに積極的

また笑暮屋のもう一つの特徴として、様々なイベントに参加されているということがあげられます。直近で言いますとロサンゼルスにて2月14日より開催されるLos Angeles International Pen Showに出展されるのだとか。前述の通りエボナイト自体が万年筆界では重宝されるものですので、海外からの人気も非常に高く、注文も多いようです。

もちろん国内イベントも例外ではなく、東京日本橋の丸善が定期的に催している万年筆展といった類のイベントでも頻繁に見かけることができます。店舗のある荒川区と言いますといわゆる下町なものですから何か用事があって行くということはあまりないため、お店へ出向くとすると笑暮屋のためにわざわざ出掛けるということになりかねませんよね。そういった意味では同じ都内でも日本橋であれば比較的立ち寄りやすいでしょうから、少し見てみたいという方にとってもありがたいことかと思います。

イベント出展情報については笑暮屋公式サイトに掲載されていますので、気になる方はご確認ください。出展時にはお店の方は閉まってしまいますので、店舗へ直接行って見てみたいという方も出展情報はチェックしておくといいでしょう。店の前まで行ってみればイベントのため休業中だったなんてことは避けたいところです。

鏡花

前置きが長くなりましたが、私が使っているペンについての紹介に移りたいと思います。前述の通り多くのモデルを展開している笑暮屋さんですが、その中から私が選んだのが鏡花(丹心 Sサイズ)です。デ・ラ・ルー社の傑作であるオノトをモチーフにしており、非常にスタイリッシュです。円柱に近い外観やメッシュ状の部分、外したキャップをお尻に付けるための段差、側面への刻印等々まさにオノトといった見た目に仕上がっています。


笑暮屋 鏡花
キャップを尻軸につけたところ

鏡花という名前について


鏡に映った美しい花。水に移った美しい月。それが、「鏡花水月」。
どちらも手に取ることはできない美しく儚いもの。

幻のような憧れのオノト型の万年筆、鏡花。
また、皆様の心に浮かぶ言葉や詩・・・はかなく美しいものを映し出す万年筆。
そんなイメージで名づけました。

出展:笑暮屋

公式サイトにて鏡花のページに書かれている文言がなんかめっちゃおしゃれです。鏡花に限らずそれぞれのモデル名にコンセプトがあるのはいいですね。もしよかったら他のも見てみてください。

詳細

笑暮屋はあくまでエボナイト製造メーカーですので、ニブ(ペン先)に関しては完全に外注となっています。ただ見た感じ特注というわけではなく、ペン芯に合わせた汎用モデルかと思われます。使用されているのはドイツはPeter Bock社製の14Kです。超大手ニブメーカーなだけあって書き味は保証されていると言っていいでしょう。

今回はMFニブでお願いしました。海外メーカーは国内に比べて全体的に太めということもあって当初はFにするつもりだったのですが、書いてみれば案外MFでも十分ということが発覚。インクフローも併せて調整してもらえることが分かっていたため、渋めでお願いすることを考えたらMFでも問題なさそうだということで変更となりました(インクがシャバシャバになりすぎて字が潰れるのが気に入らないのです)

ペン先
Peter Bock社のロゴと14Kであることを示すコード以外には特に装飾はなくシンプルなデザインですので、見た目にこだわる方は付け替えてみてもいいかもしれません。またニブとペン芯については容易に分解できるため、インク交換やメンテナンスは楽に行えるかと思います。

ニブとペン芯を首軸から抜き出した様子
ネットで見ていた時には鏡花と方舟(両端が切り落とされた葉巻型)の2つで迷っていたのですが、その時すでにLAMY 2000とParkerプリミエを持っておりいずれも似た形状だったため、やはり違うタイプがいいよなと鏡花にしました。もちろん実物の鏡花が思った以上に魅力的で、その良さに惹かれてしまったのも大きいです。

これといって機能性に優れているというわけでもないメッシュ部分とかエロ過ぎて興奮します。やはりオノトと言えばこの装飾でしょう。Sサイズだとキャップとの境目にはこれがないので少し物足りなさも感じますが仕方ありません。因みに私の中ではここのことをひそかに「キャラメルんとこ」と呼んでます。

オノトらしさの象徴
丹心というのは色の名称で、もちろん赤。私の大好きな色です。黒と赤のマーブル模様とか最高じゃないですか。そもそも笑暮屋のカラー名は全体的に洒落ており、深海、若葉、日暮といった比較的分かりやすい名前から、丹心や神龍といった少し想像がつきにくいものまであります。

独特の模様
他ではあまりお目にかかれない珍しい模様です。部位によって雲のように見えたり木目のように見えたりと単調ではないため見ていて飽きません。世界で一本だけの万年筆だと思うと一人でニヤニヤとしてしまいます。

モデルと色は即決したのですが、サイズに関しては結構悩みました。S/M/Lの3サイズのうちSとMのどちらにするかでかなり悩んでしまい、手に持っては書いてみたときの感覚を確かめてを繰り返しました。悩みに悩んだ末に、筆箱に入れて持ち運びすることを考えてよりコンパクトで使い勝手のいいSサイズに決めましたが、Mのサイズ感もそれはそれでいいので正直甲乙つけがたかったです。

Lサイズは完全にデスクトップ用途ですね。無理ではありませんが持って出かけることは難しいでしょう。やはり存在感が凄く、太さと長さのどちらをとっても圧倒的です。手に持った時の安定感はダントツに優れており、ゆったり書くことには適しているように感じました。全く同じモデルと色でもサイズが違うだけで使い分けができるよなとLまでも購入することを一瞬考えてしまったほどです。

Pelikan社製コンバーター
前述の通りインク止め式は購入できなかったためカートリッジ式です。実のところはインク止め式が良かったのですがそもそもないのであれば仕方ありません。いつ再開するかもわからないと言われたため潔く諦めることにしました。

コンバーターはヨーロッパタイプとのことですが笑暮屋としてはPelikan製を推奨しています。もちろんカートリッジも使えますのでお好みの方法でどうぞ。万年筆好きの方であればご自分のインクで書きたいでしょうから十中八九カートリッジは使わないと思いますが。

お値段は税込みで41,000円。他のモデルと比較した際に同じサイズでも鏡花だけが5,000~7,000円ほど高くなっており、何なら別モデルのMサイズよりも高かったりします。だからと言って買うのを渋る要因にはならないのがこのデザインの罪深いところです。特殊な意匠のせいでその分加工の手間が増えるからなのかなと思っています。

まさかの受注生産

悩んだ結果サイズも決まったのでいざ購入と思って声をかけてみれば、なんと私が欲しかった鏡花の丹心 Sサイズがピンポイントで品切れ中で一から作らねばならないとのこと。その場にはいろんなモデル・色のペンが山ほど展示してあったので、てっきりお店の奥から出してきてそのままお持ち帰りかと思い込んでました。その日から使い込んでやろうと張り切っていたのに... 盛大な肩透かしを喰らった感じでした。

そして納期が4ヶ月ほどと、これまた長い。どうやら私がお店へ出向いた直前に海外でのイベントがあったらしく、その際に大量に注文が入っていたとのこと。手作りならではのこととして大量生産ができないということは承知しておりましたので、受注生産となると時間がかかるものなのはもちろん覚悟できていたのですが、まさかそこまでとは予想できないでしょう。なにからなにまで運の悪いことよ。

購入する際にある程度モデルが決まっているのであれば一度在庫の有無を確認してから臨まれた方がよろしいかと思います。そうでなければ私のようなことになりかねませんので。

半年使ってみて

購入直後からしっとりとした肌ざわりや手になじむような感覚がありましたが、使えば使うほどそれらが極まってきていると感じられます。表面の艶に関しても心なしか輝きを増しているようにすら思えてきます。錯覚ではないと信じています。

「万年筆のニブは毎日使い続けると書き癖によってその人にとって使いやすくなじむ」とはよく言ったものですが、笑暮屋のペンにいたってはペン先のみならずペン全体が使用者に合わせて変化しているのではないかという錯覚すら覚えます。いまでは身体の一部になってしまったと言っても差し支えないでしょう。購入当初に比べて表面の艶も心なしか増しているように感じます。

とにかく軽い

肝心の使用感についてですが、やはり書き味に関してはBockのニブを使っていることもあって全く不満はありません。ただペン運びのしやすさについては少々気を付けておくべきかなということがありました。

それはペンの重量です。初めて持ったときに本当にびっくりしました。「これが万年筆?」という感じです。ニブを除けば本体で金属が使用されている箇所がなく、そのほとんどが樹脂でできています。鏡花自体がかなり細身な形状なうえ最も小さなサイズであるためか、全体的な重量が非常に軽く仕上がっているのです。これをどうとらえるかは人それぞれでしょうし完全に好みの問題かと思います。

例えばペンの重量を利用することでニブを紙面に押し付けることなくスラスラとペンを走らせたいという方には不向きかと思いますし、逆にノート片手にボールペンよろしくカリカリと書きまくりたいという場合には最適ではないでしょうか。

数ある万年筆の中でもそこそこ軽い部類に入るうえに大抵の方が手に持ってみたことくらいはあるであろうLAMY safariと重さを比較してみました(カッコ内はインク満タンのコンバーターを含む重量)

  • 笑暮屋 鏡花: 12.8g (15.8g)
  • LAMY safari: 15.0g (17.7g)

たかが2g、されど2gです。鏡花に慣れてくるとsafariに持ち替えたときに「ちょっとだけ重いな」と、このわずかな違いを感じるようになりました。プリミエなんかでいつも通りに書いてみた日にゃ疲れて仕方がありません。金属軸の万年筆を今後買うことがあってもデスクでメモを取る程度になりそうです。

外観もかなりコンパクト
とはいってもこればかりは実物を見てみないと伝わらないでしょう。コレクション目的ならいざ知らず、実際に筆記具として使用するための万年筆を一切試筆せずに買うという方も稀かとは思いますが、一応は手にとってみることをおすすめします。

軽いからといって安物っぽさのようなものは一切感じられないのでそういった心配は無用です。やっぱり万年筆は使ってなんぼですので自分の筆記スタイルに合ったものを選ぶべきでしょう。

私の場合は筆圧が高めなので重すぎると筆圧にさらにペンの重みが加わって線が太くなってしまうので、できるならば軽いものが欲しかったところでした。出先で長い文章を書くことも想定すると軽くてペン運びが容易であることは大きなアドバンテージでしたので、そういった意味でもこのペンは私に合っていると言えるかと思います。

クリップがない

こちらに関しては購入時点でわかっていたことなのですが、クリップがないのは使い勝手の関係上かなり痛いです。どこかに挟んで使うのかと言われれば微妙ですが実際に挟む用途で使うかどうかは別にしても、転がり止めがないという点では不便と言わざるを得ないでしょう。机に置いてるとコロコロと自由気ままに散歩を始めます。かなりアクティブな子です。

方舟のような両端がすぼまった形状であればそこまで転がりやすいというわけでもないのですが、なにせ鏡花はただの丸棒なのでまあよく転がることこの上ないです。ちょっと押してあげるだけで机の端へ一直線。何度床に落としてしまったことか。

まあそこが鏡花の唯一の難点と言えるかもしれませんが、ここにクリップがついたら全然違う雰囲気になってしまうことでしょう。今のままで十分かっこいいのでそんなの気にしません。

笑暮屋さんは筆枕の販売を中止しているようなのですが今後また販売してくれる予定はあるんでしょうかね。1本用で筆箱に入るくらい小さなものであればぜひとも欲しいのですが... 次にイベントへ行ったときにでも訊いてみることにします。

終わり


笑暮屋 鏡花
万年筆紹介いかがだったでしょうか。中学生の頃にsafariを買ってからというもの、勉強時を含め日々の書きものは全て万年筆でこなしてきましたがやはりいいものです。ただ文字を記すだけに終わらず、一文字いや一画一画ですら楽しみながら書き連ねることを可能にしてくれる魔法のような筆記具であるとすら思います。

笑暮屋 鏡花はそんな楽しい万年筆ライフに更なる彩りを加えるに申し分ないモデルでした。珍しい素材になりつつある今だからこそ、あなたも笑暮屋でエボナイトの魅力を感じてみませんか。

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